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スペシャル


南極観測船 宗谷
南極観測船 宗谷 南極観測船 宗谷

日本戦後復興の象徴となった奇跡の船
日本がひとつになった、あの日。
「もはや戦後ではない」とのフレーズが『経済白書』を飾ったのは昭和31年のこと。焼け野原の戦後復興期から、科学技術の時代に入った日本が、国際社会復帰の初舞台としてプライドを賭け挑戦したのが、世界各国で進められた「国際地球観測年」の南極観測事業だった。

 その国際的計画に参加が認められた日本で、観測船の白羽の矢が立ったのは、耐氷構造を持つ旧日本海軍特務艦「宗谷」。戦後、灯台補給船になっていた宗谷には、政府予算のほか、子供たちを中心に集められた寄付金1億4500万円が投入され、戦艦「大和」の設計者、牧野茂の下、短期間で改装が施された。改装の基本方針は、船首の傾斜角の変更や両舷にバルジを設ける等、南極観測に対応したもの。その際、砕氷の邪魔になる横揺れ防止のビルジキールを外すなどの作業も行われたが、ケープタウン沖の暴風圏では、最高片舷62度の横揺れを起こした(復路)という。

 昭和31年11月──国民の期待を一身に背負った宗谷と第一次南極観測隊は、南極プリンス・ハラルド海岸を目指し、晴海ふ頭を出港。“奇跡”と呼ぶべき偉業、南極大陸到達を大成功へと導いたのだった。そして、その後の第二次以降も、宗谷は数々の難局を乗り越え、南極観測に多くの実績をもたらしていく。

 昭和37年、6回に及んだ南極観測船の役目を無事に終了した宗谷は、第一管区海上保安本部所属の巡視船となり、北海道でのパトロールに従事した後、昭和53年に解役。現在は、東京の「船の科学館」前の水域に係留展示され、戦後復興の象徴として激闘の歴史の語り部となっている。
■最高片舷62度を再現
最高片舷62度を再現

ケープタウン沖の暴風圏で宗谷は、最高片舷62度に及ぶ横揺れに見舞われたが、これを見事に切り抜けた。このもうひとつの奇跡を、ディスプレイスタンドを使用することで再現可能。宗谷が起こした幾多の奇跡に、戦後の日本は歓喜した。数々の難しい局面を乗り越え、南極観測に多くの実績をもたらしていった。

 

■砕氷型船首
砕氷型船首 宗谷が南極観測船へ改装される際、最も大きく手を加えられたのが船首である。砕氷船は、船首と自重で前面海域の氷を割りながら進めなくてはならない。そのため、耐氷構造を持つ宗谷の船首にも、さらなる改良が施され、板厚25mmの鋼板製、喫水線に対して傾斜角27°の鋭角的な新船首とし、またアンカーセレスの位置も変えられ、砕氷型へ大改装された。
■観測用/航行用レーダー
観測用/航行用レーダー 航海船橋上部の航行用レーダーのマストの前に、観測用レーダーが新設。それにともなって灯台補給船時代には、前部マスト中央にあった見張り所も、レーダー用構造物の上に移動された。宗谷のレーダーは米国製だったが、レーダーに限らず、スイス製クロノメーターを採用するなど、まだまだ精密機械は海外製品に頼っていた時代であった。
■バルジ
バルジ 宗谷の船体側面の水線下に取り付け、浮力と復元力を増加させるバルジも、増設された部分のひとつ。砕氷の時には、内部のタンクに注水し船体を左右に傾けさせる。氷海ではチャージング(砕氷のため前後進を繰り返す動作)後、船体を横揺れさせ、乗り上げた氷板上から離脱するが、その際も船を元の角度に戻す復元力と、二重構造の耐久力は重要である。
■ヘリコプター発着甲板
ヘリコプター発着甲板 観測船改修で、後部にヘリコプター発着甲板を新設。ヘリコプターは、資材の搬入出のほか、進路上の氷の状態を偵察する任務も行うなど、たいへん重要な任務を果たした。ヘリ発着甲板上では、映画上映会が催されたり、インド洋から赤道を通過する時には、安全航海の祈願と隊員の息抜きを兼ねた「赤道祭」が開かれるなど、宗谷の重要部位のひとつであった。

宗谷、南極大陸までの航路
宗谷の軌跡
昭和13年(1938) 2月 ロシア向け耐氷貨物船“ボロチャエベツ”(のちの宗谷)進水
昭和13年(1938) 6月 “ボロチャエベツ”、船名を“地領丸”と変更して竣工
昭和15年(1940) 6月 “地領丸”、日本海軍の特務艦“宗谷”として改装工事完了
昭和20年(1945) 8月 “宗谷”、室蘭で終戦を迎える
昭和20年(1945) 10月 “宗谷”、引き揚げ業務に従事する
昭和25年(1950) 4月 “宗谷”、灯台補給船となる
昭和30年(1955) 11月 日本の南極観測への参加を閣議決定
昭和31年(1956) 3月 “宗谷”の南極観測船への改装工事に着手
昭和31年(1956) 10月 南極観測船“宗谷”改装工事完了
昭和31年(1956) 11月 “宗谷”、第一次南極観測へ出発
昭和32年(1957) 1月   第一次南極観測隊、南極大陸オングル島に公式上陸し、「昭和基地」と命名
昭和32年(1957) 10月 “宗谷”、第二次南極観測へ出発
昭和33年(1958) 11月 “宗谷”、第三次南極観測へ出発
昭和34年(1959) 10月 “宗谷”、第四次南極観測へ出発
昭和35年(1960) 11月 “宗谷”、第五次南極観測へ出発
昭和36年(1961) 10月 “宗谷”、第六次南極観測へ出発
昭和37年(1962) 4月 “宗谷”による南極観測を終了
昭和37年(1962) 6月 “宗谷”、巡視船へ改装
昭和37年(1962) 8月 “宗谷”、巡視船として北海道の第一管区に着任
昭和53年(1978) 7月 “宗谷”、解役
昭和54年(1979) 5月 “宗谷”、「船の科学館」にて一般公開開始






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